半杭はんぐい 政希まさき さん | 浪江町

半杭はんぐい 政希まさき さん | 浪江町

「炙り侍 響」代表

野馬追の郷を離れない

今年(2019年)3月14日、JR浪江駅前に「炙り侍 響」をオープンしました。3年前、南相馬市原町に開業した「美酒彩菜 響」に続いて2店目です。浪江店はランチ、原町店は夜の営業をしています。

生まれ育ちは南相馬市小高区ですが、東日本大震災前5年ほど浪江町内の企業で働いていたので、浪江のことはよく知っています。町役場にも友人が勤めていますし、子供のころからずっと相馬野馬追に関わってきましたから、小高郷と標葉(しねは)郷同士で交流もありました。* 

震災が起きた3月11日は、その浪江の会社の夜勤明けで小高の自宅に帰っていました。勤め先は休業になり、小高にもすぐ避難指示が出て、最初の数週間は親族を頼って川崎や埼玉で過ごしたんです。でも3月末にはもう、南相馬市原町区に避難していた両親のところへ戻ってきました。

早く戻った訳は、ひとり親で小さい子供3人を連れての避難だったので、避難先で何か仕事をしようにも難しかったためです。でも、もうひとつの大きな理由は相馬野馬追ですね。これがあるから、私は他所へ移住する気持ちになったことは一度もありません。その後、勤めていた企業が浪江から撤退することになり、県外の事業所へ転勤するかどうか選択を迫られたときも、いろいろ考えた末、やはり私は辞職して南相馬に残ることを選びました。

▲相馬野馬追にて、甲冑をつけた半杭さんの勇姿(半杭さん提供)▲

*相馬野馬追(そうまのまおい)とは

毎年7月の最終土・日・月曜日、相馬市・南相馬市を中心に行われる祭礼行事。相双地方の5つの郷(地域=宇多郷、北郷、中ノ郷、小高郷、標葉郷)から数百騎の騎馬武者が集まり、日曜日の本祭りでは勇壮な甲冑競馬や神旗争奪戦などが繰り広げられます。国の重要無形民俗文化財に指定。
(相馬野馬追執行委員会 公式ホームページ:http://soma-nomaoi.jp/

※半杭さんの南相馬市小高区は小高郷、双葉郡の浪江町・大熊町・双葉町・葛尾村は「標葉郷」から出陣します。


人生は一度きり。好きなことをやろう

辞職後当面の仕事として、まずは工事関連の需要を考えて大型の免許を取得、産廃業者に勤めました。ただ、大震災を経験して、私の中では「人生は一度。なにが起きるかわからないのだから、好きなことをやろう」という気持ちが大きくなっていました。それで、以前からやりたかった飲食店の開業を目指し、勉強を始めたのです。しばらくは、昼間の勤めが終わると夜は先輩親方の経営する店を手伝うダブルワークを続け、具体的な計画が見えてからは仙台などにも修業に行きました。

そうやって、念願の店を原町に開業したのは2016年の春です。「響」という店名は、人の心に響く店にしたいという意味でつけました。もともと人が好きで始めたいと思った飲食店なので、カウンター席を多めに作り、お客様との会話も大切にしています。

その1号店が3年経ってだいぶ落ち着いてきたので、もう少しできることはないかと考え、以前からご縁のあった浪江町で、ランチ営業の2号店を出すことを決めたのです。現在、基本的に昼は浪江店、夜は原町店で仕事をしています。

浪江の居住人口はまだ1,000人ほど。材料を切らしたとき買いに走れるような生鮮食品店もまだありません。浪江で開業したいというと、周りからは「難しいんじゃないか」とも言われました。でも自分は、これまでお世話になった人たちのために、この地域のために、なにか役に立つことをしたかった。もちろん決断する前には、町内で営業中のすべての飲食店を回ってリサーチしましたよ。その上で、やる方法はあると考えたのです。

浪江店で工夫している点は、毎日来ていただいても飽きないように日替わりのメニューを充実させていること。それから、現在は11回で8,000円というかなりお得なチケットを発行しています。やはり常連のお客様の獲得は大事ですからね。温かくてボリュームのある食事をお得な値段で提供する、というのがコンセプトです。

▲暑い季節。この日の日替わりメニューのひとつは、から揚げが載ったスタミナ冷やし中華▲

オープンして3ヶ月、正直なところ予想より厳しい面もあります。行政にも、もっと町内人口を増やす努力を望みたいところですね。趣味ではなく商売なので、どうしても収支がプラスにならなければ撤退も考えざるを得ません。でも、これは自分がやりたいと思って始めたこと。最初は難しいぞと言っていた人たちも、「やるからにはナンバーワンを取るくらいになれ」と励ましてくれました。だから諦めずにがんばっていきたい。

今年も相馬野馬追の季節になりました。私は甲冑競馬、神旗争奪戦、最終日の野馬懸まですべて出場するので、馬も人間も入念な身体づくりが欠かせません。朝5時に起きて(相馬野馬追のメイン会場である南相馬市原町の)雲雀ヶ原祭場地で練習する毎日が始まっています。この伝統行事への思い、馬への思い。厳しくてもがんばれるのは、それらのおかげです。


「炙り侍 響」
浪江町大字権現堂字上続町7-1カーニバルステーション1-1
0240-23-7090
https://www.facebook.com/profile.php?id=100033460757445

「美酒彩菜 響」
南相馬市原町区旭町1-4 菊秀ビル 202
0244-26-8020
https://www.facebook.com/美酒彩菜-響-1715433962056665/


2019年6月取材
文・写真=中川雅美

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