矢内やない 久美子くみこ さん | 楢葉町

矢内やない 久美子くみこ さん | 楢葉町

ベーカリーハウス アルジャーノン 楢葉店

楢葉町の店舗に立つと、昔なじみのお客さんに再会できてホッとします

ベーカリーハウス アルジャーノンは、平成13年2月に私の弟が楢葉町にオープンしたパン屋です。
「アルジャーノン」という店名は弟が考えたのですが、当時好きだったアーティストの曲に感銘を受け、そこから小説『アルジャーノンに花束を』と出会い、作中に登場するハツカネズミの「アルジャーノン」から、店舗名と看板などに使用するマスコットキャラクターとして取り入れました。

開店前、私は会社勤めをしていたのですが、“弟がお店を出すなら”と、妹と私の同級生と共にお店を手伝っていたんです。
震災前は楢葉町の方はもちろん、他市町村や県外の方々も天神岬公園やJ-ヴィレッジに立ち寄った際などに来店してくださいました。
オープンから11年目を迎えた平成23年3月、東日本大震災が発生しました。震災当日、ちょうど私は非番の日で、自宅でくつろいでいる時に激しい揺れに襲われ停電になりましたが、家屋に大きな被害は有りませんでした。
私たち夫婦には当時仙台の専門学校に通っていた息子が居るのですが、何とか連絡が取れ、無事を確認したときは安心しましたね。
お店は一旦閉め、水が出なくなったため翌日も作業が困難だと判断し、臨時休業にすることが決定しました。
翌日、私は自宅にて冷蔵庫の中身が外に飛び出していたり物が散乱していたので、それらの片づけをしていました。停電のためラジオを聴いていたのですが、町の細かい状況までは分かりませんでした。
8時くらいに町の防災無線で避難するようにとの放送が流れてきて、その時は原発が危ないということすら分からなかったため“どうして避難しなければいけないんだろう?また津波が来るのかな”くらいにしか思っていなかったです。
義両親を車に乗せ国道に出ると、大渋滞が発生していました。携帯も繋がらず実家とお店も心配だったので、私たちは一旦店舗に寄ることにしたのですが、普段だったら10分ほどで到着するのにそのときは一時間くらいかかりましたね。
役場に到着すると「南に避難してください」との指示を受けたので、状況を把握できないまま車の流れに沿っていわき市草野まで避難し、1週間ほどお世話になったのち、私はいわきまで迎えに来てくれた主人と共に単身赴任先の埼玉県へ、義両親は義姉の元へと避難しました。

避難生活から「アルジャーノン」再開まで

避難先から義両親が住む義姉宅を行ったり来たりの生活をしばらく続けていましたが、同年10月にいわき市に楢葉町の仮設住宅ができたことを期に、夫と義両親と共にいわき市へ帰還しました。
その後、楢葉町内でスーパーを経営されている根本さんに声をかけていただき、平成24年6月に上荒川の仮設住宅内に出来た「いわきならは村ふれあい広場」にて「アルジャーノン」が再オープンを果たし、私も同店舗で弟と共に営業を再開させました。
先の見えない避難生活で見通しが立たなかった私は、ずっと“仕事がしたい”と思っていても行動できない、鬱々とした日々を送っていました。だから弟から店を手伝ってほしいと声がかかったときは、仕事ができることが本当に嬉しかったですね。
弟は一時「アルジャーノン」の閉店も視野に入れていたため、またお店が再開できたときは私よりも嬉しかっただろうなと思います。
その後、仮設の店舗はいつまでも営業が続けられないと分かっていたので、市内で店舗を探し、ご縁があって平成27年5月より小名浜にて営業を開始しました。

そして平成30年6月からは、楢葉町に建設された「笑ふるタウンならは(ここなら笑店街)」内の一角に店舗を構えることとなりました。

アルジャーノン楢葉店 外観

現在私はいわき市から楢葉まで往復する日々を送っていますが、毎日が充実しているな、と感じます。
避難した際、主人からは「楢葉町には帰れないよ」と言われたことと避難生活が長かったこと、小名浜に店舗を構えたことで、いわき市への移住を決断しました。もし楢葉町の(避難指示)解除がもっと早かったら楢葉町への帰還も視野に入れていたのかもしれません。だからこそ、楢葉町への出店の依頼が有った際、弟は二つ返事で承諾しましたし、私自身も心から嬉しかったです。

店舗には毎日焼きたてのパンが並びます

いわき市と楢葉町の往復は正直、大変だと思うときもありますが、それ以上に楢葉町でまた営業できることが本当に嬉しいです。いわき市の店舗にも楢葉出身の方が沢山来てくれて本当にありがたいと思いますが、ここに来ると昔からの懐かしいお客さんに会えて、とってもホッとするんです。楢葉に居る時は何もない町だな、なんて考えたことも有りましたが、やっぱり「あぁ、楢葉に来たんだな。」と、感慨深い気持ちになります。

店舗には食パンを焼くための大きなオーブンが無いため、小名浜店にて焼き上げたものを毎日運んでいるのですが、その他の総菜パンなどは成形したものを楢葉まで運び、店舗内のオーブンで焼き上げてから提供をしています。
そのため弟は毎日午前2時に起きて仕込みを開始し、楢葉店まで届ける作業を続けていますが、地元でパン屋を再開させたいとずっと思っていたので、毎日頑張っています。私自身も15時には楢葉店を切り上げ、その後小名浜店を手伝っているのですが、全く苦じゃないんですよね。だって、ここに来ると皆さんから元気をもらえますから。
やっぱり、お客様からの「美味しい」や「再開してくれて嬉しい」という言葉をもらえると私自身も嬉しくなりますし、それが原動力になっているなと感じます。

これからも生まれ育った楢葉町で、地元で愛されるパン屋として頑張っていければと思います。

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ベーカリーハウスアルジャーノン
小名浜店:いわき市小名浜大原小滝町7−13
営業時間:7:00~18:00

楢葉店:双葉郡楢葉町大字井出字八石77
営業時間:10:00~18:00

店休日:日・月曜日(両店共通)
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2019年2月取材
文・写真=S/T

浪江町