小林こばやし 奈保子なおこ さん | 浪江町

小林こばやし 奈保子なおこ さん | 浪江町

なみとも 代表
ゲストハウスあおた荘 副管理人

あせらず ゆっくり 自分のペースで地域とつながっていきたい

私はもともと田村市常葉町の出身で、菌床しいたけ栽培農家「TAKE(テイク)」を営む両親の長女として産まれました。
大学在学中から興味があった地域づくりやボランティア活動などに参加しており、卒業後も2か所の地域づくり団体に半年間ほど在籍していました。しかし、社会人経験の無かった私は「もっとしっかり仕事のことを学ばなければいけない」と思い、当時福島県の事業として実施されていた既卒者向けの就職支援事業に半年間のカリキュラムで参加したのが2011年1月です。

震災当日も郡山市内で研修を受けている最中で、大きな揺れに仲間たちと「これはヤバイ揺れだよね」となり、外に逃げたんです。建物のガラスは割れ、地面のレンガも隆起し始め、とても怖かったです。揺れが収まってから研修施設に戻りテレビをつけると、石油コンビナートが燃え、津波が到達している映像が流れていたので、ただただ呆然とすることしかできませんでした。
震災後も当時生活をしていた郡山市に身を置いていましたが、研修自体は施設が避難所となったため一旦ストップ。当時は放射能の不安から女性や子どもたちの外出が控えられていたので、SNSサイトから情報を収集し、つながりのあったNPOの人たちと情報交換をしていました。

震災後の活動とたくさんの出会い

当時の忘れられない思い出の一つに、4月に農業関係者と一緒に東京都のレストランで実施した「福島の野菜応援フェア」があります。
原発から遠く離れていても「福島県産」という理由で農産物の出荷が制限され、実家のしいたけも契約をキャンセルされる状態が続きました。ほかの農家も例外ではなく、冷蔵庫に野菜が山積みになってしまった状態だったので、それらの野菜を集め振る舞ったのですが、東京の方たちからも「応援するよ」という声をいただき好評だったのでとても嬉しかったです。
当時は応援したいとかいう気持ちより、みんなが困ってるから何とかしなくちゃって気持ちが強かったかな。専業農家は「農作物が売れない」イコール「生活していけない」に直結してしまいますからね。

その後も農家さんやNPOとも連絡を取りつつ、復活した就職支援事業から紹介された一般企業の営業職員として、同年5月から働き始め、2年間勤めました。そんな折、2013年7月に郡山市で活動していた「Costar(コースター)」で「田村市復興応援事業」が始まるから、スタッフとして活動しないかと声がかかり、9月より「田村市復興応援隊」として活動を開始しました。

事業の中で私が主に担当していたのは当時避難指示解除準備区域に一部指定されていた都路町。町民の多くが入居されていた船引町の仮設住宅やすでに避難先から町に居を移していた住民宅を訪問し今後の課題を共有したり、2014年に同町の避難指示が解除されることに伴い帰町される方のお手伝いをすることでした。
高齢者の多い地域でよそから来た私たちとの間には壁があるなと感じていた2014年の冬、各地で大雪が発生。都路地区も例外ではなく、かなりの量の雪が降りました。
私たちは町道から自宅までの雪かきをするお手伝いをしたのですが、都路町は自宅までの距離が長く、一戸一戸が離れているためかなりの重労働なんですよ。それでもみんなで頑張った結果、町民からも活動が認知され、自分たちを受け入れてもらえた時は本当に嬉しかったです。

「なみえあるもの探し 第1回」にて 写真提供:小林奈保子さん

浪江町での生活と「なみとも」発足のきっかけ

私が浪江町に引っ越してきたのは、浪江町の一部避難指示が解除となった2017年4月です。2015年に浪江町役場職員だった主人と縁あって結婚し、いつかは浪江町に引っ越すことになるとは思っていました。
引っ越しの直前までは応援隊の活動も続けていたので、田村市を離れる際、皆さんから娘や孫のように可愛がっていただいていたので心残りはありましたが、現在も田村市のイベントなどに参加したり交流を持ったりと、今でもつながりは大切にしています。
浪江町に引っ越した当時「ゆっくり生活するのも悪くないな」と考え専業主婦を選びましが、知人の紹介で現在「あおた荘」の管理人をしている和泉君と出会い、彼の「浪江町にみんなが集まれる拠点を置き、集会所兼ゲストハウスを作りたい」という思いに賛同し、少しずつ活動を始めました。
「どうせやるんなら私たち若い世代の特色を活かした地域づくりがしたいな」と二人で話し合い、浪江町に若い人を呼び込み、町民とつながる中でお互いが仲良くなれたらなと。
若者が浪江町に移住したいと考えた際、就労先や住居問題などを解決できればとの思いから、二人で2018年2月に「なみとも」を立ち上げました。

「夏をとことんたのしもう 流しそうめん」にて 写真提供:小林奈保子さん

現在も若者と町民を交えた地域イベントを「あおた荘」などを拠点に企画し地道に活動を続けているのですが、学生の中に「いつか浪江町に住みたい」と言ってくれている方も居るので、これからも様々な形で若者と地域の方たちが一緒に楽しめる企画をやっていきたいです。

双葉郡は広いですよね。震災によって置かれた状況が違うので、一丸となって何かをやるというのはとても難しいことなんだろうなと思います。それでも、町や村のために頑張っている人は沢山居て、少しずつですがネットワークで繋がってきているなと感じます。「遠いけどおとなりさん」そんな気持ちで、お互いが助け合えるような関係性ができていけば良いと思っています。
田村市でも浪江町でも町民の方に「ゆっくりやっていこう」と言われました。これって、すごく良い言葉ですよね。急ぐ必要なんてないんです。地域で暮らす一人の人間として、焦らずゆっくり、私自身も楽しく生きていける。そんな町づくりをしていけたらなと考えています。

2018年8月取材
文 ・写真=S/T