宮本みやもと 皓一こういち さん | 富岡町

宮本みやもと 皓一こういち さん | 富岡町

富岡町町長

全町避難から避難所、仮設住宅へ

私自身、震災当時は母親と妻、子供(長女)との4人で生活をしていました。
震災当日は議会議員として富岡第二中学校の卒業式に出席した後、自動車運転免許の更新を行ったところで被災しました。
まず、沿岸に津波が襲来する情報をラジオで聞き、また、夜ノ森地区では、家老溜池が決壊する恐れがあることから避難勧告が発令され、地域の方々に富岡第二中学校に避難をしてもらいました。とても寒い日だった上に、停電になったため、避難所(富岡第二中学校)でストーブを使用するための発電機を持ち込んだりしました。
富岡町は、地震と津波で家屋の流出が約200戸、死亡者・行方不明者を合わせると24名。そのような状況下で、東京電力(株)福島第一原子力発電所(以下「イチエフ」)の事故があり、翌3月12日の早朝には避難指示が発令されました。
私の家族も、友人の家族と共に川内村の小学校に避難し、その後は、親族がいた静岡県伊東市にも約2ヶ月お世話になりました。
その後、私は議員として、平日はビッグパレットふくしま(以下「ビッグパレット」)で、土日は静岡で過ごす日々が続きました。
震災から数ヶ月が経過し、私も郡山市内にアパート(借り上げ住宅)を借りましたが、職員や議員の中には、数ヶ月もビッグパレットで過ごしている方もいて、とても大変な状況でした。
当初ビッグパレット内の避難所では、医療や薬等の対応が十分に行えなかったことから、富岡町内で医師をされていた、「井坂先生(富岡中央医院)」や「堀川先生(夜ノ森中央医院)」をはじめとする先生方にお願いし、避難所の環境整備にご尽力いただきました。
その後、大部分の町民が仮設住宅や借り上げ住宅に移行する中で、大玉村の仮設住宅400戸については、半数も埋まらない状況ではありましたが、周辺に仮設診療所や商店も設置したことから、町としての対応もある程度、充実したものであったと考えています。
また、避難生活が継続する中、2013年7月に富岡町長選挙に立候補し、故遠藤勝也前町長との選挙戦になりました。当時は、議会議長を務めていましたが、周囲からの強い後押しもあり、「町の窮地を救いたい」との想いから、立候補を決心しました。

2017年4月1日/避難指示区域の一部解除

町政を担って以降で一番印象が残っている出来事は、2017年4月1日の一部区域を除く避難指示解除です。解除できたからこそ今があり、町として、住民が町内で生活できる環境づくりを、何としても進めていかなければならなかったのです。それは、「やっと復興へのスタートラインに立てた」とのイメージです。
当時は、町政懇談会等をはじめ町民の皆様から沢山の意見を頂戴する中では、「町に人を帰すには時期尚早だ」等、様々な意見がありました。しかし、解除しないと出来ない、先に進めない事がたくさんあり、幾度となく国との協議をした結果、最終的には2017年4月1日を譲れない意思で解除の時期を決定いたしました。
2018年5月末現在で、富岡町内に居住されている方は660名です(2019年1月1日現在835名、591世帯)。
元々富岡町は、国や県の出先機関がある町で、東京電力関係者なども含めると、県外からの移住者も多かった町です。今後も、帰町した町民と新たな町民が融合できる街づくりを目指していきたいと思います。

学校再開

富岡町を未来に繋ぐためには、町内での学校再開は必須であると考えておりました。
今年度は17名の子どもたちに入学していただきましたが、町内の小中学校に入学できない方々の理由としては、「子どもに何度も転校させたくない」、あるいは「避難先の学校に落ち着いた」等、様々な要因が考えられます。今後は、子育て支援に力を入れるとともに、町内での住宅建設、購入、改修等の住宅支援施策にも力を入れるため、平成30年度から支援制度を開始しました。
富岡町には、震災当時15,959名の方々が住まわれていましたが、地方の人口減少が進む時代ですので、富岡町の人口も元の値までは戻らないかもしれません。しかし、戻った町民や、新たに町民となった方々が、「富岡町で生活して良かった。」と思える、全ての人が輝ける街づくりをしていきたいと考えます。

東京電力(株)福島第二原子力発電所の廃炉について

福島第二原子力発電所「以下(ニエフ)」の再稼働については、当初から、町民の理解は得られないものと考えておりました。ただし、イチエフとニエフを同時進行で廃炉をするためには、マンパワー不足も懸念されるため、ニエフについては、まずはイチエフの後方支援施設としての役割が重要と考えられます。イチエフの使用済み燃料の取出し、圧力容器からのデブリ取出しの進むの頃には、イチエフへの後方支援の役割も一定程度終えると考えます。イチエフの廃炉までの、30年とも40年とも言われる年月を、1日でも半年でも1年でも前倒しできるよう、ニエフにはイチエフの後方支援をしていただきたいと、東京電力には要望しています。

特定復興再生拠点区域について

福島特措法において、特定復興再生拠点区域以外は、除染を実施しないこととなっていますが、同区域外についても、除染を実施するよう国に要望を行っています。国には、今後もしっかりと柔軟な対応をしていただきたい。また、特定復興再生拠点区域の内外で分断が起きないよう、区域に関わらず、町民の皆さんの要望を十分に聞きながら、職員と力を合わせて、町民が戻ってきたいと思える街づくりを行っていきたいと思います。

経歴
昭和22年2月15日 富岡町下千里出身。富岡町立富岡第二小学校、富岡町立富岡第二中学校、福島県立小高農業高等学校を卒業後、農業、建設業に従事。富岡町議会議員、同議会議長を経て、2013年8月に富岡町長初当選。2017年再選し現在2期目。
2018年7月取材
文 ・写真=平山勉