加井かい 佑佳ゆうか さん | 大熊町

加井かい 佑佳ゆうか さん | 大熊町

福島工業高等専門学校専攻科
ビジネスコミュニケーション学専攻1年
出身:大熊町

将来は大熊町に帰り、町のために尽力したい

震災当時、私は大熊中学校の2年生でした。震災があった日は中学校の卒業式が終わり早い時間に帰宅しており、自宅でアーティストのライブDVDを観ている時に地震が発生しました。最初はそんなに大きな地震になると思っていなかったのですが、だんだん揺れが大きくなっていき、ちょうど庭で畑仕事をしていた祖母が私に向かって「早く外に逃げろ」と手招きをしていたので、大急ぎで裸足で外に逃げ、庭の石につかまっていました。
長い揺れで自宅の屋根の瓦が落ちてきて、家がどんどん壊れていく様子を庭から見ていて、目の前で起きていることが信じられなかったです。

揺れがおさまってから自宅に入ったのですが、棚など色々なものが落ちていたし、電気や水も止まってしまい、自宅も古かったのでこのまま(家が)崩れてしまうのではないかと心配でした。
その後いわき市で仕事をしていた父と当時いわき市の高校に通学していた姉が帰宅し、私が住んでいる夫沢地区の避難所に指定されていた大熊中学校の体育館へ、曾祖母と祖母、父、姉、私の5人で避難しました。
私の母は浪江町役場の職員なのですが、震災後は災害対応に追われ忙しく、避難後もなかなか再会できず、とても心配でした。

一夜明けて起床すると、体育館の校庭に茨城県のバスが停まっており、避難所の職員さんから「(バスに)乗ってください。避難してください」と言われ、そのまま田村市都路町や船引町に移動したあと、母の実家のある郡山市の親せき宅に2週間ほど身を寄せました。
それから父の会社と姉の高校が再開することを期に、いわき市に借り上げ住宅を探し、いわき市での生活がスタートしました。しかし長い避難生活の中で、認知症を患っていた曾祖母の症状がさらに進行してしまい、そのまま施設に入ることになってしまいました。

いわき市での生活と、叶えられた思い

私もそのままいわき市の中学校に転校することになったのですが、大熊中学校時代の同級生が誰も居ないことと、最後の中学校生活を全く知らない場所で送ることはとても不安でした。しかし、当時の担任の先生やクラスメイトが私を暖かく迎えてくれたおかげで、最後の中学校生活はとても楽しく送ることができました。
ただ、私は中学1年の時からバスケ部に所属しており、最後の中体連に向けて練習を頑張っていたのに、今まで頑張ってきた仲間と出場できないことを残念に思っていたのですが、スーパースポーツゼビオで開催されている3on3の大会に大熊のチームメイトと参加し、県大会まで行けたので本当に良い思い出になりました。

22017年に開催されたふたばワールドにて披露されたよさこいソーラン

そして2017年9月に富岡町で開催された「ふたばワールド」では、震災前に大熊町の町民体育祭で披露されていた「よさこいソーラン」を「有志で踊らないか」と声をかけ、男女17人が集まり、演舞を披露することもできました。これらの活動全てが、私の今の原動力になっていると思います。

私は今、福島工業高等専門学校でビジネスコミュニケーション学を専攻しています。将来は今学んでいることを活かした職業に就きたいと思っているのですが、何らかの形で大熊町と関わっていきたいと考えているので、ゆくゆくは大熊町の役場職員として働きたいとも考えています。夏休み中には役場でのインターンシップにも参加するので、そこで様々なことを学びたいと思います。

葛力創造舎にて開催された「結ツアー」にて

また、双葉郡の現状などを学びたいことと、何か力になれることは無いかと考えており、現在も双葉郡未来会議や、葛尾村で活動している葛力創造舎さんの「結ツアー」などに参加して双葉郡の方たちとの交流を図っています。

大熊町は心が落ち着く大好きな場所

「大熊町が好きか?」と聞かれれば、私は素直に「はい」と答えられます。「どこが好きか?」と聞かれると言葉に詰まってしまうのですが、好きに理由ってきっと無いですよね。私が住んでいた場所は福島第一原子力発電所から4㎞圏内にあり、震災後に会いに来てくれた親せきから、「加井さんが住んでいる場所は、あと100年は住めなくなるよ」と言われ、両親はいわき市での生活を決断しました。震災から7年経った今、除染なども進んだおかげで絶望的な状況はなくなりつつあり、私はそれも喜ばしいことだと思います。
小さいころからずっと大熊町で育ってきて、そこでの生活が当たり前だったのに、ある日突然生活ががらりと変わり、私が知っている町の形ではなくなってしまいました。だけど、これから大熊町はどんどん変わっていくと思うんです。その変わりゆく姿、町が新しくなっていく姿を私は見届けたいなって思います。

2018年6月取材
文/写真:S/T