松本まつもと 貞男さだお さん | 浪江町

松本まつもと 貞男さだお さん | 浪江町

福島県立双葉高等学校同窓会 会長

昭和38年に双葉高校に入学し、福島大学の教育学部を出たのち、教員の道に進みました。
3校目に赴任した高校でソフトボール部の顧問だったのですが、途中で野球部の部長を拝命しました。部長というのは、いわゆる顧問の立場で、部員たちの進路の橋渡しをする仕事。部員の卒業後の人生に関わる部分ですので、大事な仕事です。

その後母校の双葉高校に転勤し、初年度は軟式野球部の顧問だったのですが、翌年は野球部長となりました。素晴らしい生徒達に恵まれて、昭和55年には2回目の甲子園出場を果たすことができました。鹿児島代表に逆転勝利し、甲子園球場で初めて校歌を歌うことができたという、歴史的な瞬間に立ち会うことができました。

▲ 自宅に飾られていた第62回全国高校野球選手権大会の写真

そして双葉高校に9年勤務した後に、県北や浜通りの高校で教頭・校長職を務め、教員生活の締めくくりに校長として赴任したのが、双葉高校だったんです。生徒で3年、教員で9年、校長で3年勤めたので、合計15年。退職したのが60歳だったので、私の定年までの人生の4分の1は、双葉高校とともにありました。

地震が起きた瞬間

3月11日のあの日、いわき市久之浜町のゴルフ場で友人とプレーを終えて、帰宅しようと外に出たところでした。大地震が発生し、間もなく大津波警報が発令されたことを知りました。揺れが収まるのを待って、浪江町の自宅へ帰路を急ぎました。海沿いの国道6号線は避けたかったのですが、他の道はブロック塀の倒壊などで通れる状態ではない。津波の到着は20分から30分後だというので、意を決して広野町まで国道6号線を北上し、そこからは山沿いの山麓線(福島県道35号いわき浪江線)を通り、なんとか3時間ほどかけて自宅に戻れました。
電気が通っていたのでテレビをつけると、気仙沼や石巻の津波被害の状況が放映されており驚きましたが、まさか福島県の海岸も大きな被害を受けていたとは、ましてや原発が危うい状況だとは、知る由もありませんでした。

翌朝早くに防災無線で避難指示の放送を聞き、すぐに家族で葛尾村の親戚の家に向かいました。夕方には戻れるだろうと思っていましたから、着の身着のまま。葛尾村では多くの避難者のために、炊き出しや避難所の準備をしてくれていました。夕方になって村も危険だということになり、3月12日のうちに親戚たちと郡山市の妻の実家に避難しました。そこからしばらくは、そのまま妻の実家にお世話になりました。

退職後の生活から、現在の生活

退職してからは、故郷の葛尾村でそば栽培をやっていたんです。もともと実家には5反歩ほどの田んぼがあって、そこを埋め立てて新たにそばの栽培を始めました。とても自分ひとりで出来る規模ではなかったので、村のそば生産組合に入って、そばの刈り取りや製粉は全部委託してやってもらっていました。
3年目にはそば栽培もほぼ成功して、収穫の時期になると、ゴルフ仲間と「そばを打って食べる会」というのを開催してました。仲間から冗談で、「ああいう、鄙(ひな)びた所でそばを食べるのはいいことなんだ」「蕎麦屋を開業しないか」なんて言われたりして。楽しかったですね。

その畑も、今は放射能が入って、もうダメでね。でもそばを作っていた時に買ったトラクターは、今でも使っています。今は郡山に家を建てて住んでいるんですが、近くに空いた畑が沢山あるので、300坪以上の畑を借りて、トマトやキュウリ、ナス、ピーマン、大根、白菜、里芋、他10種類くらいの家庭菜園を楽しんでおります。子供達に送ったり、近隣の人達にお裾分けしています。
今は昼間ゆっくり座っているということは少ないですね。畑をやったり、友人とゴルフに行ったり、充実した生活を送っています。

葛尾の畑は、草ぼうぼうで放っておくよりはいいかと思い、今は畑のあった場所で太陽光発電をやっています。浪江の自宅も、そのまま置いておいても仕方がないので、解体申請を出しました。とはいえ、更地にすると固定資産税が高くなることもあり、何年先に解体するかは今のところ未定です。

双葉高校 創立100周年記念式典に向けて

双葉高校同窓会の会長を引き受けて、目下の課題は、2023年の双葉高校創立100周年記念式典を成功させること。記念事業で何をやるのか、どんな記念品を作るのか、現在構想中です。
「100周年でこんなことをしたい」「こんなグッズを作ったらどうか」そんなアイデアがある人、そして何より母校愛のある人。もし同窓生でそういう人がいたら、是非ご協力いただけると嬉しいです。
同窓会は、70歳過ぎの80歳近い人たちで頑張っていますが、これからの世代、若い人たちの意見をいっぱい入れてやりたいと思っています。

双葉高校再興のために我々が何をすべきか。なかなか困難ではあります。双葉郡には広野にふたば未来学園高校が出来て、子供の数も考えると、双葉高校の復活・再興のハードルはかなり高いのが現状です。しかも廃炉が終わらないうちは、どうしようもない。

まずは100周年で、同窓生が一丸となれれば。
今は学校が休校なので、100周年の記念式典や事業のすべてをOB達で創成していかねばなりません。

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福島県立双葉高等学校同窓会 Facebookページ
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2018年9月取材
文 ・写真=渡辺可奈子