松本まつもと 允秀まさひで さん | 葛尾村

松本まつもと 允秀まさひで さん | 葛尾村

葛尾村前村長(2012年10月〜2016年10月)

自主判断で避難を開始

私は葛尾村で生まれ、小中学校も葛尾村です。双葉高校卒業後、葛尾村農協で勤め、37歳の時に村議会議員になりました。助役を経て村長になったのが昭和53年の12月のことです。

家族構成は自分と息子夫婦と孫が3人です。孫の一人は震災前は大学で福島市に出ていた。息子は学校法人松韻学園福島高等学校の教頭をやっています。その息子は、震災前は葛尾村から職場に通っていましたが、震災後は福島市に住居を借りていて、今は私だけが葛尾村の家にいます。

震災が起きた時は葛尾村役場の村長室にいました。職員は役場前の駐車場に避難しましたが、揺れが大きくて、自分は階段を下るのが危なかったためそのまま村長室にいました。村の被害は他に比べればそれほど大きくはなく。自宅も瓦一枚落ちませんでした。

国からの避難指示が正式に出たのは震災から40日ぐらい経ってからで、14日の夜9時に、村民に避難指示を出したのは自主的な判断でした。13日から役場の必要な荷物は全部トラックに積んでおいて、村として単独での決断をしました。当初、川内村長や富岡町長などの双葉郡の首長と電話で情報交換をしていましたが、だんだん電話が繋がらなくなり、一緒に行動を合わせられなかったのです。県には避難したい旨を伝え、避難先を見つけてくれるように依頼していたが、行き先が決まらず野宿ができる装備を持って村を出ました。そしたら運良くあづま運動公園の体育館が空いていて、足のない高齢者はバスを3台準備して、車のある住民は自家用車で移動しました。

それまで村内には、大熊、富岡、浪江からも避難者が来て、一緒に避難するまで葛尾中学校の体育館と村の施設のみどり荘に入ってもらっていました。その時は村民で毛布を集め提供し、婦人会で炊き出しをしていたのです。

15日には会津坂下町でも受け入れてもいいというので、さらに役場と住民と一緒に向かいました。そして会津坂下にいた時に国から避難指示が出たのです。議会からは避難に関する費用は一任するということだった。

逃げ遅れた村民を自ら迎えに行く

避難を開始する時、役場のすぐ近くに浪江消防署葛尾出張所があったので情報は入ってきていた。オフサイトセンターが撤退したという話や、東電の職員が新潟に避難した話や、住民から避難するべきかの問い合わせがきたりで逼迫した状況であったのは確かだった。
13日から区長会を介してどのように避難するかは決めていて、自分で動けない人も把握していたので、それは迎えに行った。ただ、全村避難後に一人だけ逃げれてない人がいて、若い連中に迎えに行けとも言えず、自分で迎えに行った。避難先は三春町や西会津町の方にも行き、只見町、金山町、柳津町などあちらこちらに分散し、2011年8月くらいには、役場機能は三春町に移ったが、住民は一度で皆が移ったわけではなく、仮設が出来た順に移ったので、時間差があった。三春町へはこちらから打診し、県に間に入っての決定だったが、富岡町も入るのを検討していたので、申し訳なかったかな。

家族と離れて

家族は皆、嫁の実家の桑折町へ避難しました。避難して以来、私はずっと一人暮らしです。三春町では仮設に住んでいました。葛尾村の避難指示解除は2016年6月でしたが、私は役場が戻る前に帰還していました。

避難指示解除にあたって

農村部だから余計に帰還の意思も薄まるんじゃないかな。農業に対する熱意は余計に落ちて、後継者問題は拍車がかかったし。それでも意欲がある人は帰っている。

村民にはこちらから戻ってこいとはあんまり強く言えない。収入面でいえば村外で働いたほうがいいし暮らしは安定する。子供を転校させるのも親としてはやりたがらない。むしろここは新たな転入者も多いんです。

村長を退任したのは2016年の11月。もともと震災前にやめるつもりだったが、震災があったために7期やり通した。気持ち的には、ずっと針のむしろに座っている感じだった。多くの村民の話を聞いてきて、村が全て先導するべきという意見もあった。中でも補償の問題は大変だったが、当時は何が正解かは分からなかった。
また、他町村に比べたら、葛尾村、田村市、郡山市の比較的狭い地域に大体の住民がいるので、意見は聞きやすかった面もある。でも震災前は気軽に隣同士で行き来していたのが、一度離れてしまうと、あらたまってぎこちなさを感じる時もあり、手土産を準備したり、返したりしてると、簡単に顔出しもしづらくなったり、気をつかわせてしまう。

これからは、各町村それぞれの背景や復興の進捗、財政状況の違いもあり、みんながまとまってやっていくのは難しいと思う。まずは葛尾村を、住んでみて魅力がある場所にしていきたい。

2018年5月取材
編集=下枝浩徳