半谷はんがい 正彦まさひこ さん | 浪江町

半谷はんがい 正彦まさひこ さん | 浪江町

有限会社キャニオンワークス 代表取締役社長
出身:浪江町

震災から3か月内に生産再開

キャニオンワークスは、1976年に父が浪江町大堀で創業しました。登山用のスパッツやザックの製造からスタートし、法人化したのは1984年です。順調に業容拡大して、2000年に現在の浪江町川添に本社移転。蛭子町の工場も含めて、浪江町内だけで50名以上の従業員がいました。自分も大学生の頃から会社でアルバイトをしていて、父が60歳になったら後を継ぐことになっていたんです。

大震災があった2011年は、ちょうど父がその60になるという年でした。本社で仕事中に地震が起き、その晩は自宅の前の「陶芸の杜」の駐車場で一夜を明かしました。その後の避難は、葛尾村~猪苗代~つくばと移動。約1か月後には、群馬県の千代田町というところへ落ち着くことになりました。当時、浪江の工場では車のシートカバーを作っていたのですが、その元請け会社があるところです。その倉庫の一角を借りて仮工場をつくり、元の従業員にも声をかけて、同年 7月には生産を再開させました。顧客はみな東京方面でしたし、私たちはかなり特殊な製品を作っていましたので、場所と人さえ確保できれば仕事はあったのです。私が社長に就任したのは、その翌年の11月のこと。予定より少し遅れたバトンタッチでした。

その後、いわきに工場を建てて再起を図ったのは2014年のことです。あのまま群馬にいてもいずれ行き詰まると思ったし、やっぱり浜の人間は浜がいいんですよ(笑)。ゼロから顧客を開拓し、現在では60名ほどの従業員を抱える規模になっています。

浪江はやっぱり捨てられない

同時に、浪江の工場もゆくゆくは再稼働させたいとは考えていました。会長(父)の思いもあったし、キャニオンワークスの本社住所も浪江に置いたまま。やっぱりどうしてもここは捨てられないんですね。また、自分たち(30~40代)の世代ががんばらないと、浪江に人は戻ってこないと思いましたし。それで、やれるだけやってみようと、屋根も床もすべて改修し機材も一新して、2018年4月に生産を再開したのです。いまのところ従業員は2名ですが、人さえ確保できればまだまだ拡張する余地はあります。

▲クローゼットがわりになるという特大サイズのバックパック▲

現在のキャニオンワークスは、帆布製品をメインに、OEM、公官庁向けの製品のほか、オリジナルブランドのアウトドア用品などにも力を入れています。この巨大なバックパック、最初は展示用に作ったんですけど、実は販売もしているんですよ。ネット通販のほか、セレクトショップなどで扱ってもらっています。CWFというロゴ、CWはキャニオンワークスですが、Fは福島のFでもあり、双葉郡のFでもあります。

▲オリジナルのアウトドア用品のカタログ▲

浪江の工場は再開させましたが、当面はいわきがメインです。私自身、この先もいわきをベースに浪江と行き来する生活が続くでしょうね。正直なところ、元の浪江町民はなかなか戻れないと思います。だからむしろ、外の人が来て住みたいと感じる町になってほしいですね。町もいろいろ企業を誘致してますし、そういう新しい人たちが来て住む新しいまちになるんじゃないかな。

そして、自分たち若い世代は、単身でもいいので浪江に通って、少しでも町を元気づけられればと思います。浪江青年会議所でも活動しているんですが、今年は震災後初めて、「標葉(しねは)まつり」を復活させる予定なんですよ。10月14日に役場駐車場でやりますから、ぜひ来てください!

「標葉まつり」 Facebookページ

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有限会社キャニオンワークス
福島県双葉郡浪江町大字川添字佐野47
http://canyon-works.com/
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2018年8月取材
文/写真:中川雅美