和泉いずみ 亘わたる さん | 浪江町

和泉いずみ わたる さん | 浪江町

ゲストハウスあおた荘管理人、「なみとも」副代表
白河市出身 浪江町在住

高校3年で被災して

生まれは白河市です。東日本大震災が起きたときはまだ高校3年生でした。卒業式が終ったばかりで、4月から郡山の専門学校に通う予定だったんです。当日はいわき市内にいて、そこから郡山の下宿まで戻るのに、道路寸断とかで千葉経由で2日かかりました。震災の混乱で専門学校の入学式が2か月遅れることになったんですが、当時はまだ自分に何ができるか分からず、時間があってもただテレビを見てるしかない状態でした。

専門学校卒業後は、建築関係の会社に就職。東京や広島などで3年くらい仕事しましたが、相当な重労働で心身を壊してしまいました。かなり疲弊した状態で福島へ戻っては来ましたが、私は一人なので帰る家というのがなくて。そのとき出会って助けてくれたのが、とある認定NPOで福島の復興支援のコーディネーターをしている方でした。その方と一緒に福島市内のシェアルームで暮らし始め、いろんな活動の話を聞いているうち、NPOの仕事に興味が湧いてきたんです。それで、ハローワークで見つけたNPO法人みんぷくの仕事に応募したら、無事採用されることになりました。2016年12月のことです。

場所も知らなかった浪江町に興味が

みんぷくの本社はいわきですが、私は福島市を拠点としたコミュニティ交流員として、市内の復興公営住宅のコミュニティづくりを担当しました。そこで浪江町の方々と出会ったんです。

僕は、相手が被災者だから特別扱いするとかではなく、ただそこにいる住民が楽しいと思えることをやろうと活動していました。そういう仕事は初めてでしたけど、もともと人付き合いは苦手じゃなかったんですよね。イベントやっておばあちゃんとかと楽しくお話しして、これで給料もらっていいのかと思ったくらいです(笑)。住民の多くは浪江の方だったので、そうやって交流していると自然と浪江の話を聞くことに。それまでは、実は浪江の場所もあやふやだったんですけど、そのうち興味がわいてきました。

翌2017年3月末の一部避難指示解除が決まると、町民の戻る戻らないの議論をよく聞きました。みんな、本当は戻りたい。でもいろんな理由があって戻れない人も多い。じゃあ、自由に動ける自分が町に行って、何かできることはないかと考え始めたのです。

避難解除されてからは毎週末浪江に通い、双葉郡未来会議の平山さんがやっている相双ボランティアに参加しました。全国から集まる若いボランティアと一緒に庭木伐採などをやりながら、何が必要かを考えているうち、やっぱり拠点が必要だと。人が集まって話せる場所がないと、何も生まれないな、と感じたんです。そこで、誰でも気軽に集まってお茶が飲めるような、遅くなったら泊まってもいいような集会所兼ゲストハウスを作ろうと考えました。

あおた荘の誕生

それで物件を探し始めたものの、最初はなかなか見つからず。でも、2017年の夏祭りで小林奈保子さんと出会ったのをきっかけにいろんなご縁がつながって、「青田下宿」という宿舎に使われていた物件を借りられることになったんです。小林さんは役場職員と結婚して浪江に越してきた方です。組織に属さず、自由に動ける若者って町内に彼女と僕の2人しかいなかったんですよ。だから必然的に(笑)2人でゲストハウス「あおた荘」を立ち上げることになり、僕が管理人、彼女が副管理人になりました。もっとも、最初から僕は一人だけでは何もできないと思っていましたから、当然の成り行きともいえますね。

青田下宿の中は動物被害もあってひどい状態でしたが、ボランティアの皆さんに手伝ってもらい大掃除を2回やって、やっと住めるようになりました。そこで、2018年2月に僕はみんぷくを退社して、正式に浪江町へ引っ越し、管理人としてあおた荘に住み始めました。今はまだプレオープンの段階で、宿としてはまだ正式に営業していませんが、集会場・イベントスペースとしてはもうかなり利用されていますよ。若い人たちもよくここに集まって飲んだりご飯食べたりしてます(笑)。あおた荘の整備に関してはクラウドファンディングで資金調達し、補助金類をまったく使っていません。だから自由に運営できるんです。

次は「なみとも」!

僕たち自身が若いので、自然と周りに若い人が集まってくるんです。最近は、ボランティアやプロジェクトで浪江に来て、町のファンになる大学生も多いんですよ。あおた荘という拠点ができたいま、次はそうやって浪江に興味を持ってくれた若者を受け入れる窓口になりたいと思っています。

そのために小林さんと「なみとも」という任意団体を立ち上げました。「まちづくり」というと大げさだけど、農作業とかサロンとかイベントとか、そういう楽しいことをやって若い人たちを呼び込み、つなげていきたい。将来は法人格を取得して、移住定住の促進に関わる事業をやっていきたいですね。そのためには生業づくりが大切なので、すでに町民の方から畑を借りて農業生産も始めました。役場OBの協力も得て、産物の六次化を目指しています。

浪江町の将来についてですか?それは、考えている部分と、考えないようにしている部分があります。もしこのまま人が戻らなかったら町の税収が増えません。そこで国の支援が打ち切られたらどうなるのか、という不安。でも一方、まちづくり会社も立ち上がりましたし、こうして自分たちで少しずつ動き始めて、いろんな人がそれに加わっていくのを見ていると、期待もあります。とにかく、悩んでいてもしょうがない。できることをやるだけです。

(1枚目の写真は、あおた荘の看板犬そうちゃんと和泉さん。そうちゃんは、高齢のため飼えなくなった南相馬の女性から引き取った4歳の柴犬。すでにみんなの人気者です。)

2018年6月取材
文/写真=中川雅美