豊嶋とよしま 宏ひろし さん | 浪江町

豊嶋とよしま ひろし さん | 浪江町

豊嶋歯科医院 院長

県内各地からも以前の患者さんが来院

今年(2018年)8月1日に浪江町権現堂で診療を再開しました。父が開いた豊嶋歯科医院は私が二代目です。

大震災前、町内には8軒の歯科医院がありました。だいたい3,000人に1軒が適正と言われているところ、現在の帰還人口はまだ900人に届きません(11月末現在で870人=浪江町ホームページより)。しかし、再開してみると予想以上に多くの患者さんがいらしています。町内や近隣の南相馬だけでなく、わざわざ福島や二本松、郡山などの避難先からも、昔の患者さんがまた診てほしいと来院してくださるのは、本当に有難くうれしいですね。再開してよかったと思います。

健康の基本はおいしく食べられること。食べ物を身体にとり入れるための最初の器官である「歯」は、その意味では内臓よりも大切な臓器なんですよ。みなさん、歯が無くなってから気づくんですけどね。また、「無くなったら入れ歯にすればいいや」ではなく、なるべく自分の歯で最後まで食べられるよう、ぜひ「健口=口の中の健康」にも気をつけていただきたいですね。

「戻ってきたい」という景観づくりを

東日本大震災の当日は、たまたま所用で仙台にいました。その日のうちになんとか浪江まで帰って来たのですが、翌朝には原発事故で避難することに。多くの町民とともにまず津島地区へ逃れた後、私たちは親戚のいる福島市へ向かい、さらに6月には只見町へ移りました。只見町営診療所で代診の仕事を紹介されたのです。9月までそこに勤めた後、10月からは大学時代の同級生が経営する北海道新ひだか町の歯科医院で診療をすることになりました。福島県内で仕事を探したのですが、働ける場所がなく諦めた末の決断でした。

只見にいくまでの3ヶ月間は宙ぶらりんの状態で、もう不安だけしかありませんでした。いつかはまた浪江に戻りたいという気持ちが湧いてきたのは、北海道に移って落ち着いた頃でしょうか。ただ当時はまだいつ避難指示が解除になるかもわからない状態。新しい環境にも馴染むにつれ、一時は北海道に永住を考えたこともあります。それでも年に2~3回は、北海道から浪江に帰って自宅の掃除や手入れをしていたんですよ。お墓のこともありますしね。福島民報新聞もずっと購読を続けていて、福島の情報は入手していました。

今回の再開にあたって診療台などはすべて入れ替え、内装もリフォーム。以前は黄色かった外壁も一新して青くペイントしました。

そうして診療を再開して5ヶ月。患者さんの中には、浪江に帰ってはきたけれど(スーパーなどがなく)買い物はできない、医者はいない、友人もいない、という状態で不安を感じている人は少なくありません。実際に私も帰ってきて感じたのは、復興の足跡がまったく目に見えないということ。もちろん復興住宅はできたし、小中学校も開校しました。でも帰還が始まってから町内では家屋解体がどんどん進んでいます。その跡地に新しい建物が建つことは少なく、たいていは更地のまま。そこに雑草が伸び放題になっているのを見ると、戻ってきたけど町は無くなっていくんだな・・・という気持ちになってしまいます。

やはり、「戻ってきたい」と思わせる景観づくりは必要だと思いますよ。買い物施設や医療施設の整備とともに、今後どんな町になっていくのか早く見えるとよいと思います。

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豊嶋歯科医院
住所:浪江町権現堂字南深町8の2
診療時間:月~木9:00~12:00、14:00~18:00。完全予約制。
休診日:金・土・日
電話:0240-23-5633
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2018年12月取材
文 ・写真=中川雅美

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