志賀しが 風夏ふうか さん | 川内村

志賀しが 風夏ふうか さん | 川内村

天山文庫・阿武隈民芸館 管理人
出身:川内村

川内村や天山文庫を、いい意味で引っかきまわしていきたい

うちの両親はどちらも陶芸家で、川内じゃなくても少し特殊な方だと思います。
父がいわき市で解体した古民家をどこかに移築したい、と土地を探していた時に川内村を紹介してもらって、父の希望とも合致したこともあって夫婦ふたりでここに移住したそうです。

私は川内で生まれて、川内小中学校を出て相馬高校に進学しました。
震災当時は高校一年の終わりで、学校にいたんです。体育館に一時避難になって、親が迎えに来てくれたら帰っていいという形で、みんなで体育館に待機してました。私は高校のすぐ近くにある祖母の家に住んでいて、先生もそれは知っていたので、帰っていいとは言われたんですけど。どうせすぐに帰れるし、帰れない友達もいたので、家と往復しながら体育館で2日間くらい過ごしました。
祖母の家も亀裂が入ったりはしましたけど、電気・水道・ガスは全部出たので、それはかなり助かりましたね。なので親と合流するまでの数日間は、家でご飯炊いて高校に持っていったり、炊き出しに行ったりして数日過ごしていました。

親と合流してからは、神奈川県の鎌倉に避難しました。でもやはり県外にいると憐れまれるか嫌がられるかのどちらかで居心地が悪くて、それだったら福島に帰りたいと思って。それで3ヶ月ほど鎌倉に滞在した後、おばあちゃんと一緒に相馬に戻りました。相馬高校は5月頃には再開していて、転校した生徒はほとんどいなかったですね。両親は、2012年の帰村宣言が出てから川内村に戻ったようです。

相馬高校を卒業してからは、福島大学の美術科に進学しました。理由あって途中で辞めちゃうんですけど、不思議なもので、在学していた頃より今の方が福島大学の先生や生徒と関われているなと感じています。
大学在学中は服好きが高じて、郡山の古着屋さんや服屋さんに協力してもらって、友達と服を作ってファッションショーを開催しました。その流れで、服に関わりながら社会慣れしようと思い、仙台の古着屋で2年ほど働き、その後川内村に戻りました。

村に戻ってから、天山文庫の管理人になるまで

川内村に戻ってきたのは、実家に窯があるので、いずれは帰って陶芸をやりたいし、やらなきゃと考えていたのもあります。親には継がなくてもいいとは言われていたんですが、川内でも仕事はできるし、いずれは帰ろうと考えていました。

仕事もやるんだったら、自分のやりたいことをしたい。カフェか、アートか、文学に関わる仕事をやりたい。それで「そういえば川内村には天山文庫がある」と思って。天山文庫には管理人さんがいて、いずれ交代するだろう、それまで待ってようと思って、川内村唯一のカフェ「Cafe Amazon(カフェ アメイゾン)」が人を募集してたので、まずはそこで働きはじめました。

▲ Cafe Amazon (カフェ アメイゾン)

そうしたらすぐに天山文庫でも募集がかかったんですよ。応募したのは私しかいなくて、無事に管理人として働くことが決まりました。
2017年2月に川内に戻ってきて、3月にCafe Amazonに入って、天山文庫に勤めだしたのが4月。本当にタイミングが良かったなと思います。

天山文庫は、もっと人が集まれるポテンシャルのある場所

管理人になるまで草野心平の詩は全然読んでなかったですね。小中学校の社会科見学で天山文庫に来ても、面白いとは思えなくて。でも自分が古民家に住んでいるというのもあって、古民家管理は自分のように興味のある人がやった方がいいと思いましたし、こういう文化施設は誰かがちゃんと守らなきゃいけないと思い、ここに勤めようと思いました。

▲ 天山文庫

今はすっかり草野心平オタクになっちゃってます。管理人になった手前、説明できないといけないので、心平さんについて色々調べたり、本を読み漁ったりして。そのうちに他の文豪とのエピソードを見て、それからどんどん興味が湧いてきました。

天山文庫のこれまでの管理人の仕事としては、施設の管理とお掃除だけで、こうしなきゃいけない、というのが全くなかったので、変えることも簡単にできる環境だったんです。
そこで復興で川内に来てる人たちが「もったいないから、ここをなにかで使おう」「盛り上げよう」と言ってくれて。みんなに「私こういうのやりたいです」って言うと手伝ってくれたりするので、すごくありがたいです。

天山文庫は、もっと人が来る工夫が出来るんじゃないかと思ってます。今は福島大学の生徒さんやボランティアの人たちが、大掃除をしてくれたりイベントを開催してくれるので、ちょっとずつですけど、オープンになってきてるんじゃないかなと思ってます。

川内が生き続けるためには、まず大人から川内を好きになること

「川内村コミュニティ未来プロジェクト(略称「川ニティ」)」は、川内村の旅館小松屋の井出茂さんに「ちょっと手伝ってくれ」って声をかけられたのがきっかけで入りました。最初は何をするのか分かってなかったんですけど、長期的に村のためになることを考えた活動に共感して、手伝わせてもらってます。

今やってる活動としては、2018年4月12日に川内村コミュニティセンターで開催した「川内っ子を育む井戸端会議」が初めて形になったプロジェクトなんです。

▲「川内っ子を育む井戸端会議」の様子

子どもたちにただ川内はこういう所なんだよって教えても、なかなか好きにはなれないと思うんです。だから年配の人から村の良いところを聞いたり、村だから出来た遊びを聞いて実際にやってみたりして、みんなに好きになってもらおうという目標で。実際に参加者の皆さんから川内への愛を感じる言葉が聞けて、みんなで「やってよかった!」と涙ぐみながらやってました。

私もなんで村に戻ってきたかっていうと、親がよそから来た人で、かつ村が好きで住んでいる人だから。家に遊びに来るお客さんも、ほとんどが東京から田舎を満喫しに来てる人たちなんですね。そういう人たちにちっちゃい頃から囲まれてきたから、ここはいいところなんだ、この風景ってもっと自慢していいんだ、と自然と気付けて。本当にいい場所に帰るんだ、という気持ちで堂々と帰ってきました。

大人たちが「村には大したものもないし、よそに行っていいよ」っていう風にマイナスイメージを子どもに植え付けちゃうと、やっぱり子どもは「こんなとこいたくない、すぐ出たい」ってなっちゃうんですよ。だからまずは大人が「ここっていい所なんだ!」っていう風にプラスになると、「帰ってもいいかな」と思える人も出てくると思うんですよね。

ただ魅力を伝えても、「でも、実際住むとなると仕事や家はどうするの」って言われちゃうと、そうだよねってなっちゃうので。そういう所もいずれはケア出来るようになるのが理想です。でも仕事は意外とあるんです、工場や会社もいっぱいあるので。それに今は、パソコンがあればどこでも仕事できますっていう人が結構いますし、そういう人たちも過ごしやすい場所になればいいなと思ってます。

移住願望のある方に選ばれる場所にするためには、かっこよく住んでいる人や、実際に楽しく田舎暮らしをしているモデルが必要だと思っていて。だからまずは自分が田舎っぽく生活して、田舎暮らしに憧れる人に見てもらえるようにSNSで発信するというのは意識してやっています。

SNSを使って知ってもらう、声をひろう

天山文庫のTwitterもマメに更新することを心がけています。TwitterはFacebookと違って、天山文庫を知らない人でもリツイート(他人のツイートを引用して自分のアカウントから発信)されることで知ってもらえるんですよ。

▲ 天山文庫のTwitter公式アカウント: https://twitter.com/tenzanbunko0716

SNSの中ではTwitterが今のところ一番拡散力は高いと思っています。特に若い人や文学好きな人、アニメやゲームから興味を持ってくれた人には親和性が高い。
「心平さんて人気ないでしょ?」と思ってるまわりの人たちに、天山文庫に来るリプライ(返信)を見せると、「え、若い人がこんなこと知ってるの?」と驚かれます。こういう風にしてもらいたい、こういうのが見たいっていうツイートも、貴重な外部の意見として共有させて頂いてます。

私が天山文庫に入ったからには、「やばい奴が入ってきた」と思われるぐらいに、いい意味でひっかき回したいと思ってます。変な発想だけど美術系の人だからしょうがないね、と思われることを最大限有効に使ってやろうと思ってます。

私にとって川内は、理想の田舎。お店やりたいですっていうのも、他の地域よりは簡単に出来ると思うし、理想の田舎暮らしするぞって思っても出来ます。
やろうと思えば自分の意思次第で出来ちゃうところなのかなって思いますね。

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かわうち草野心平記念館「天山文庫」
住所:福島県双葉郡川内村大字上川内字早渡513
TEL:0240-38-2076
開館時間:午前9時~午後4時
休館日:月曜(祝日の場合は開館)
駐車場:5台
入館料:一般300円、高校生・学生250円、小・中学生150円
(20名以上の団体は50円の割引になります)

※上記入館料にて、「阿武隈民芸館」も入館できます。
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取材・文/渡辺可奈子
取材日/2018年2月

浪江町