標葉の地からの出陣

標葉の地からの出陣

2018年7月、8年ぶりに相馬野馬追が開催されました。参加した山本幸輝さん(浪江町)よりご寄稿いただきました。

 今年で10回目の相馬野馬追の出場になりました。相馬野馬追は三日間に渡って行われ、その間に様々なドラマが生まれます。一般の観客視点の野馬追の楽しさもありますが、それ以上に出場騎馬武者やその関係者にしか味わえない楽しさもあります。

 今年は震災から8年が経ち、ようやく標葉郷の陣屋を構える浪江町からの出陣が叶いました。地元から出陣できることに、震災後7回の野馬追にはなかった嬉しさが込み上げました。標葉の誇りを持ちながら、標葉でしっかりと行事執行をする。それが野馬追標葉郷出場騎馬、関係者の一番の願いであり、近年では最も楽しい野馬追になったのではないかと思います。

 震災後は野馬追の規模は縮小されましたが、それでも徐々に以前の活気を取り戻して来ています。それは2012年の野馬追から「もう一度標葉の地から出場しよう」そう強く願ってきた方々の強い思いがあったからこそです。もちろん自分も「もう一度野馬追を浪江町で行いたい」、そう強く願っていただけに、今回の出場は今までとは違った思いで望む事ができました。

 自分は標葉郷の陣屋(浪江町)から出場するのは今年で4回目です。1、2回目の出場は小学生の頃。騎馬武者として周りについていくのがやっとで、楽しむ迄には至らなかった記憶があります。3回目の出場は中学1年生の頃。この時の記憶を、自分は今でも忘れる事ができません。野馬追には出ている人にしか味わえない楽しさがあると言いましたが、その一つに「帰り馬」と呼ばれるものがあります。標葉郷の陣屋は浪江町の中央公園。2日目の祭りを「本祭り」というのですが、本祭り終了後、各騎馬武者が自分の家へ馬に乗って歩いて帰ります。自分の場合はその道のりはおおよそ5キロ。しかし、当時まだ乗馬の技術があまりない自分にとって、帰り馬は大変でした。その大変さもあってか、父と並びながら帰ったあの風景を、自分は今だに鮮明に思い出す事ができます。両脇に田んぼが広がる道に、雨が上がって夕日が射す綺麗な景色。少しジメジメしながらカエルが鳴いていた光景が脳裏をよぎります。震災後、ふと野馬追について考えた時、思い出すのは決まってこの景色でした。「もう一度野馬追を浪江町でやりたい」。もっと言えば「もう一度帰り馬をして、自分の家に帰りたい」。そんな気持ちが、野馬追に毎年出場する事ができるだけのエネルギーになってきました。

 野馬追期間中、浪江で馬に乗る事が叶った今年ではありましたが、毎年数回しか馬に触れない自分にとって馬乗りは大変です。自宅から馬に乗り標葉郷の陣屋に行くのも一苦労。今年も父に助けられながらの出陣になりました。野馬追1日目を「宵乗り」というのですが、だいたい自分の馬乗りの技術に失望するのが恒例です(笑)。

 野馬追では出場騎馬が各々に役割を与えられています。自分は法螺貝(ほらがい)を吹く「螺役(かいやく)」という役で近年出場させて頂いています。螺役の仕事は、本祭りの早朝、太陽がまだ出ていない時間帯からはじまります。簡単に言うと、位が高い騎馬武者の自宅に法螺貝を吹きに行くのですが、これもまた野馬追関係者しか知ることのない行事の一つであり、魅力的に映る部分かもしれません。自分はこの螺役にしかできない仕事をしている時間がとても好きです。螺役同士で時間を過ごすと自然と会話も増え、人からもまた野馬追が好きになっていきます。

2日目の野馬追、本祭りは相馬野馬追の総本陣雲雀ヶ原で主に行なわれます。行列後に甲冑競馬や神旗争奪戦が行われ、そして各郷が各々の陣屋に戻り、凱旋の行列や神旗争奪戦を行ないます。今年は復活した標葉の陣屋での神旗争奪戦にも出場しました。これが非常に難しかったです(笑)。乗馬はもちろん、旗がどのように落ちてくるのかを考えるのも大変でした。祭り終了後、また来年以降に乗馬を練習して参加したい気持ちがより強くなりました。

 そして、最後に伝えたい野馬追の良さがもう一つあります。それは野馬追という祭りが標葉の地域を、標葉の地域の人たちを、野馬追を見に来る人たちの絆を繋いでいることです。一年に野馬追でしか会うことのない人たちもたくさんいますし、わざわざ遠方から見にきてくれる人もいます。野馬追の歴史が持つ見えない力、千年以上続く歴史の中に築かれてきた数々の思い。それぞれが今も受け継がれているからこそ、人の繋がりが、絆が繋がっていくのです。これまで標葉での野馬追復活を支えてくれた一人一人に感謝しながら、祭を継続して行くことができれば、その先に地域の未来も自ずと見えてくると思います。ですが、まだ全ての騎馬武者が故郷を取り戻したわけではありません。標葉全騎馬が、浪江、双葉、大熊、それぞれの地から再び出場できる日まで、また皆で力を合わせて頑張っていければと思います。