横田よこた 和希かずき さん | 広野町

横田よこた 和希かずき さん | 広野町

専業農家
広野町出身

“田んぼに稲がある” そんな当たり前の光景を守っていきたい

 震災当時は、俺もまだ当直勤務のある会社に勤めてて、兼業農家として米つくりしてたんスよ。その日は非番だったから近所のホームセンターに買い出しに行って車に乗ってっときに地震があったから「おぉ!何か今日風つえぇなぁ。」くらいにしか思ってなくて(笑)当日は広野町の消防団に参加したり、勤めてた会社に俺の家の米と炊飯器もって届けに行ったよ。

 俺にはばあちゃんと奥さん、3人の娘がいて、神奈川県に避難したり8月にできた湯本町の仮設住宅に住んだりしてたけど、俺自身は会社が借り上げた寮に1ヶ月住んだあと、家に置きっぱなしになってた農業機械が心配だったから自宅に戻った。だって俺、機械に乗るのが大好きで誰よりも大きい機械に乗りたいって思ってたから、広野町では誰にも負けないって自信持って言えるくらい大きな農業機械ばっかり買ったんだもん(笑)

 震災当時はネットとか直接にも「毒米売るな」って言われたりしたけど、その気持ちも分からなくないんだよね。もし会津あたりに原発があって事故が起きたら俺も同じこと言っちゃってたと思うし。そう言われても仕方なかったと思うよ。それでもずっと米つくり続けたのは、金儲け云々じゃなく田んぼに稲がないっていう景観が嫌だったから。当たり前の光景を守りたかったんだよね。だから2012年からは本格的に作付けも再開して、これ一本で食べていこうと思ったからその年の12月に脱サラして専業農家になって、今は田んぼ24ヘクタールに農地6ヘクタール使って小麦作りもやってるよ。

 うちは春に米の種まきだけで2ヶ月くらいかけてハウス3回転させるんだけど、その種まきも娘たちがアルバイト感覚で手伝ってくれるし、米を出荷するときの袋にする判子押しもやってくれるから、みんなで楽しく農業やれてるよ。農業ってそれでなくても重労働だから、楽しくやれないと続かないしね。もちろん、やるからには儲けないと。そうじゃないと、会社辞めた意味なくなっちゃうし(笑)

 広野町って俺からすると保守派の集まりなんだよね。現況復旧が得意な町でもあり、悪く言えば改革がないお利口さんが多い町って感じ。今回の復興にしたって、もっと別なやり方があったんじゃないかな?でもさ、広野町って空気も良いし水も本当に美味いんだよね!もし農産品とか納める形で関わることができたら、自分なりに町のために役に立ちたいなと思ってるよ。

2017年11月取材
文/写真:S/T

浪江町