避難後の双葉郡の教育とこれから

避難後の双葉郡の教育とこれから

双葉郡の教育復興をリードする、大熊町教育委員会教育長・武内敏英先生よりご寄稿頂きました。

避難後の双葉郡の教育とこれから
大熊町教育長 武内敏英

 大震災、原発事故で避難後の双葉郡の教育の展開とこれからについて、学校教育を中心に記する。
 大変な状況下におかれている子どもたちに寄り添う—これが私たちの基本姿勢である。

 ◆「双葉郡教育復興ビジョン」策定
 避難後、双葉地区教育長会では、これまでの価値観、学力観等をはじめ教育内容・方法の全面的な見直しを図り、文科省・復興庁、福島大学、県教育委員会等の支援を受け、標記のビジョンを策定した(平成25年7月)。以来、その具体化に努め、質の高い学校教育を目指してきている。

 ◆生みの親は子どもたち—動く授業
 ビジョン策定の過程で「双葉郡子供未来会議」を開催した。「これからの学校や授業に望むこと」等をテーマに郡内の小中高生で話し合いを10数回もった。
 子どもたちには、提案の中で、実現可能なものから学校生活に導入していくことを約束した。子どもたちからの提案の中で、双葉郡の小中学校の授業改革へとつながったものがあった。
 「先生が教科書と黒板を使って、『覚えなさい』の授業はもうたくさんです」中学生が先陣を切り、高校生、小学生も「全く同じです」と続いた。そして、体験や実験などから学ぶ授業を増やして欲しいとして、これを「動く授業」と命名した。
 私たちはこれを受けて、それまでの「ふるさと学習」を「総合的な学習」に移し、探究的な方法で「ふるさと創造学」として進めることにした。先生方も、これまで懸命に教え込んできた「正解」の授業がもはや社会では「生きて働かない」学力であることを見抜いていたので、すぐに後押ししてくれた。こうして、ふるさと創造学が生まれた。生みの親はまさしく子どもたちであった。
 双葉郡内の全ての小中学校で実践して4年目。今、新学習指導要領で目玉となっている「主体的・対話的で深い学び」の先行実践として、今や県内はもちろん、全国から注目されている。また、この学習は地域住民をも巻き込んでの学習となっており、学校と地域社会が一体となり、子どもの教育にあたるモデルのひとつとして、更に、双葉郡の小中高生が一堂に会して、その成果を発表し合う「ふるさと創造学サミット」もユニークな活動として注目されている。

 これからの学校は「主体的・対話的で深い学び」を、授業改善の視点とし、生きて働く「知識・技能」、未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力」等、学びを人生や社会において生かそうとする「学びに向かう力・人間性」等を一人一人の子どもに育成していくことが求められている。
 このことから、今後の双葉郡の教育の進め方について、課題も踏まえ、いくつか述べたい。

◆人間の命と心—教育の基盤
 「私たちは時代の変化にそって生きていかなければなりませんが、同時に変わらないプリンシプル(基盤)を持ち続けなければならない」(カーター・元米大統領)
 カーター氏の言を待つまでもなく、社会がどう変化しようが、人間の命と心を大切にし、これを守っていくことが教育の基盤である。
 近年は、異常気象による自然災害や人間関係のゆがみから生ずるいじめ問題など、人間の命に直結する問題が多い。
 また、「原発事故での心のケアの必要性はこれから」との専門家の声もある。
 「自分の学校は大丈夫」という思いと、学力(?)向上優先の考え方があったことは事実であろう。意識・考え方を変え、最悪のことを想定しての対応策を練っていくことと、人間への想像力を養っていくことが課される。
 また、先行きの不透明な時代、子どもたちレジリエンス(回復力)を身につけることも要請される。この力は「失敗」と強く連動しておるので、前向き(主体的)な失敗は奨励していくことである。日本はもちろん双葉郡でも「失敗させない教育」を継続してきたので大きな課題でもある。

 ◆小規模校(少人数学級)の力発揮
 現在の双葉郡の幼少中学校はいずれも小規模校。少人数学級であり、今後もこの傾向は続くと思っている。
「小さい学校では」とか「少ない子どもたちでは」などとの声も耳にするが、教育の原点は教師と子どもの一対一の関係である。小規模校はこの原点に近い。教育が本来もっている力を発揮しやすい環境と言える。子どもたち一人一人の個性や能力を存分に引き出してやる(これがエジュケーションの原義)に徹することができる。日本中に小規模校はたくさんある。そこで社会性が育たないことはない。既に多くの実績がある。自信をもって我々は進むべきであろう。

 ◆「ふるさと創造学」に磨きを
 これからの学校は前述した資質、能力をもった人間を育成していく場である。「ふるさと創造学」は内容、方法ともこの条件を備えている。更に磨きをかけていきたい。このことが他教科の指導方法の転換に連動していくものと期待している。その際、「ほんとうにお前はこれでよいのか」という自己内対話(自問自答)をも研究していきたい。これが「深い学び」につながるのではないかとも考える。

 ◆子どもの側に立って
 最近、「教育の魅力化」との声が大きい。
 これには、まず、子どもたちにとって魅力のあるものか否かを考える必要があり、また、その前提として教育の本質に沿ったものであるかを吟味すべきであろう。単にICT活用の導入や知識の詰め込み増強での解決は無理であろう。
 また、子供未来会議での子どもたちの実績も忘れてはならない。今後も、各町村ごとにも、子どもたちの考え、意見を大切に吸い上げ、双葉郡の教育復興(人間復興)を図っていきたい!このことが、「子どもの権利条約」の「意見表明権」の保障に、そして18歳で選挙権を有する今、主権者教育の一翼を担うことにもなると思う。結びに、双葉郡の教育復興(人間復興)はまだ緒に就いたばかりであることも記しておきたい!