古市ふるいち 貴之たかゆき さん | 楢葉町

古市ふるいち 貴之たかゆき さん | 楢葉町

『NPO法人シェルパ』
出身:楢葉町

子どもたちに当たり前の居場所を

双子の次男として楢葉町に生まれ育ちました、私の家は大家族で、ひいばあちゃん、じいちゃん、おじとおばも一緒に暮らしていたんです。なので年上の人たち・年寄りとの生活が身近にありましたし、母は町で保育士をしていたのもあって、私は福祉の仕事を選びました。

大学を出た後、はじめは都心でサービス業をしていました。営業の仕事をしていたんですが、小さな町から社会に出て現実を知ったというか、壁にぶち当たったといいますか、都会には自分が逆立ちしたって敵わないような人がごろごろいますよね。自分が井の中の蛙だということを思い知らされるような…。 
一度家に帰ろうと思ったんです。ふるさとをには戻らないと決めてしまう人がいますけど、私はいつでも帰れる場所だと思っています。楢葉町に帰ってきたちょうどその頃、楢葉町にあるリリー園という特別養護老人ホームのオープンニングスタッフの募集がありましてね、関心もありましたし、お年寄りの面倒を見るのは小さな頃から慣れていることでしたから、そこで福祉の世界に入ることになりました。
特別養護老人ホームというのは、終の棲家なんです。亡くなるまで住むところ。じいちゃん、ばあちゃんの最期の一瞬を見届ける場所です。時に理不尽なことをおっしゃる入居者さんもいますし、「福祉の世界は大変だね」という人もいますが、私はひいばあちゃんがいる家庭でしたから、お年寄りは崇高な存在という気持ちもあって、それにサービス業でもあるわけですから、全く苦なこととは感じていません。
 
リリー園で4年働いた後、障害福祉の分野で働くようになりました。障害を持つ子供たちとその親御さんの支援ですね。その時です、震災が起きたのは。
当時消防団に入っていまして、津波を受けた場所の助けに行ったんです。「あぶねぇから行くな」って言われたんですけど、ポンプ車に乗ってね。今になれば、ひょっとしたら死んでしまうかも知れないことなんですよね…。正直、怖かったです。
原発事故があった時の異様な雰囲気は忘れられません。サイレンが町に鳴り響いて、「町から避難しましょう」と言うのです。車がずらーっといわき方面にならんで、その光景も忘れられないですね。被ばくするという漠然とした恐怖感もあったし、私は障害を持った子供たちを迎えにいかなくてはと動きましたが、いわきへ向かう車を見ながら引き返したい思いもあって、葛藤したのを覚えています、使命感とかそういうことよりも、それが自分の役割だったから。今になってあの時のことを今やれっていわれたら中々できないですね…。それでもあの時やったことは自分の中では誇りのように思えることもあったかな、と。
 
2015年に『NPO法人シェルパ』を設立しました。シェルパで障害をもった子どもたちと一緒にいると、「大変ではないですか」と聞かれることが多いです。私の場合は、福祉の世界に入って彼らの存在を知った、知ってしまった自分が、やりたいと思っているからやっているだけなんです。
あの子たちと一緒にいると権利というものを考えます。当たり前のことをすることです。恋愛したり、仕事をしたり、食べたいものを食べたり、そうした権利って、わざわざ権利なんて言わずに当然のようにありますよね。それを、「障害を持っているからとんでもない、出来ない」と社会が片付けてしまって、型にはめてしまっていると思います。会ったこともないのに差別や偏見もありますよね。
でも、ほっと癒される時があるんです。あの子たちは一度会った人を絶対忘れませんし、人を肩書などで判断しません。誰とでも同じ付き合い方をするんです。人との向き合い方などはあの子たちから学ぶことが多いです。純粋なんです。会った時に何を話した、何をしてもらったと、目の前の人を見ています。
自閉症の子たちは天才なんですよ。誕生日がその日何曜日だったかを一瞬で答える子がいますし、記憶力が私達と全然違います。ひとつのことに関心を持って集中する力は自分達には出来ないことなんです。そうしたことを社会が知り、あの子たちの素晴らしさを上手く生かせる場がつくれたらと思います。
 
震災があって、私は自分が変わったと思っています。震災前は福祉の世界というのは男性がすごく少なくて、すぐ第一人者のように扱われるところがあるんです。その頃の私は上から目線だったなぁと今になって思います。地震があって、原発事故で避難して、狭い地域から出たことが井の中の蛙だったと教えてくれました。
地域を失って、仕事をなくして、友人も失って… 心細くて惨めな気持ちになりました。あの時、預かっている子どもたちと同じ立場になったような気がしています。そんな時に周りの人に恵まれました。人のつくりが違うのかなぁって思うくらい、仏様みたいな人ばかりで。上から目線だった頃の自分に罪悪感を覚え、あんなに誠実な人に支えてもらったのだから、“さぼっちゃいけない、怠けちゃいけない、裏切っちゃいけない”と改めました。繋がりがあったからだと思います。

 シェルパは小さなNPOだからこそ動きやすいという醍醐味、楽しさもあるんです。自分が大切だと思うことを10年突っ走れば、道はきっと出来ていくだろうし。あの子たちと、健全といわれる人達よりも幸せなことをつくれたらなぁ、誰かの為にとやるんじゃなくて、気づいたことはやんなきゃなんねべと思うし、自分がこういう社会になったらいいなと思うことを続けていけたら、そういうのが町づくり・地域づくりに繋がっていくんだと思います。

2017年12月取材
文/写真:吉川 彰浩